最後の結末まで書くので、荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険 〜ストーン・オーシ ャン〜(ジョジョシリーズ第六部)』、まだ読んでない人はこの日記の続きを読まないで下さい。
「ジョジョなんて読まないからネタバレしててもいーや、読ーもうっと」って今思ったヒト、
いくら、いつもこんな長文日記読んでくれる人、愛してる!好きだ!会ってくれ!な私でも、こればっかりは、
そんな悲しいこと言わないでよ!どうしてもってゆうんなら、国際便で送ってでも、貸すよ?
「読んだ事ないけど、この日記読んで面白かったら読むかも知んないじゃん。読ーもうっと」って今思ったヒト、
ラスト意外なのでマジ勘弁して下さい待てよ!
まだ読んでないんだったら、マジ読むなよ!
絶対本編読んでからにしろよ!
ほんとにほんと、読んだ人だけだかんね!
バレないからって嘘つくの!ダメ!絶対!誰も見てなくても、アナタ自身がアナタのことを見てるの!
ハイ、前フリ終わり〜。
mixiのジョジョコミュニティに、
「荒木の最高傑作はストーンオーシャンだと覚悟を決めるトピック」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=866364
という掲示板(スレッド)が立ったんですよ。
「むしろ、何で今まで私はスレ立てなかったんだろう」と思うくらい、こんなスレッドを待ってました!!そこで、ジョジョ好きとしてはー、まことに僭越ながらー、日記の方にもー、そこに書いた長文コメントを残しておきたく思いー、今これを書いているのであります。ではここから、書き込みを加筆修正してお送りします。
(ホントに前フリ長かったな!)
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「一番好きなジョジョは第何部?」アンケート
http://mixi.jp/view_enquete.pl?id=511847
では迷わず六部を選びましたッ。
(6部、得票数2%でダントツの最下位)
その時のアンケートに添えたコメント:
「あえて6部。まあ絶対少数派なのは明らかだけど、ジョジョを本気で世界的文学作品として見て、6部が一番。一番思想的、哲学的内容が濃くて、よく描ききったと思う。ラストのエンポリオに号泣。」
さて向こうの方にはここまでしか書きませんでしたが、なぜこのラストが感動か、ということを今ここで、きちんと検証してみたいと思います。
なんで号泣かっていったら、エンポリオと神父の最後の戦い、そしてその勝利は、エンポリオが一人で戦って、一人で生き残ったわけじゃないからです。
たとえ『あの世界』でジョースター家が『肉体的に』途絶えたとしても、エンポリオが、ジョジョたちが示してきた*人間讃歌、ジョジョ精神の代理人として、かつ全人類代表として、神父のアンチ人間讃歌と戦い、勝つわけです。
(*人間讃歌=『人間らしく』運命が分からないという状態で泣いたり、笑ったり、憤ったりしながら、それぞれの正義のために生きることこそが、素晴らしいということ。神父の理想は、このように『明日が分からない人間だからこそ』の苦しみ、喜びを否定する、アンチ人間讃歌なわけです)
こんなセリフやシーンを思い出してみてください・・・

「ひとりで行くのよエンポリオ」
「あんたを逃がすのはアナスイであり・・・・エルメェスであり あたしの父さん 空条承太郎・・・ 生きのびるのよ あんたは『希望』!!!」(もちろんジョリーンでもあるのですよ!)

「ウェザーがおまえに殺される時DISKにして取り出したウェザー・リポートの能力!!徐倫おねえちゃんがぼくに持っててくれって授けてくれたDISKだァァーーーッ」(この時、エンポリオの後ろには徐倫とウェザーの顔)
(ウェザーのDISKが出て来た時のエンポリオのカット最高です。表情がもう『今までのエンポリオ』じゃないよね?『皆の意志を受け継いだエンポリオ』なんです。)

ちなみに数コマ前までこんなへたれ顔です。この顔はいくらなんでも・・、荒木さん!
(ジョジョ第6部ってトビっぷりが漂流教室にちょっと似てると思う)

気を取り直して、

「ぼくの意志じゃあない」
「ウェザーの眠っていた能力だ」
もういっちょ、代理人として重要なセリフ。

「わからないのか?」
「おまえは『運命』に負けたんだ!『正義の道』を歩む事こそ『運命』なんだ!!」
(このセリフなんか、完全にジョジョでしょ?)
そして最後の

「エンポリオです・・・」
「エンポリオ」
「ぼくの名前は・・・
「ぼくの名前はエンポリオです」
は、唯一名前の変わってないエンポリオ=この状況が『自分たち』の勝利の証だと唯一知っているエンポリオという意味だと思います。
このパラレルワールドで普通に続いている『日常』、一見『ささやかに見える幸せ』は、ジョースター家、人間讃歌の勝利の証なのだと、涙が止まらないエンポリオ・・・
この涙の意味について、他の方のコメントツッコミが入ったので、さらに追記すると、勿論、もう一度、パラレルワールドといえど幸せな日々を生きる『仲間達』に再会出来たこと、しかし、彼等は同時に『別人』でもあり、元の世界の仲間にはもう会えない事、などで泣いたというのもあるでしょう。
そんな、多層的な想いの波が一気に吹き出して、エンポリオは泣きながら、でもけして、そういう心の動きのほうは語らずに、「ぼくの名前はエンポリオです」と言う。勿論、「この人たちはぼくの事を知らないんだ」っていう哀しさも入ってると思う。「ぼくを知らないことは、悲しいけど、勝利の証でもあり、うれしい、でもそんなこと言っても分からないんだ」から、ただ泣きながら名乗るしかない。この構図の説得力ときたらねえですよ!
しかもアイリンたちはただ、そんなエンポリオに怪訝な顔をしている。アイリンたちの世界が『普通』であることの『価値』を、知る由もないからです。その無意識で無垢な平和さと、一人で高ぶっているエンポリオ、というこの温度差が、この世界は『普通』であることを強調し、あの死闘はこの尊い『普通』のためにあったのだ、という鮮やかな結末。
ジョジョの本分は、ハデな超能力格闘でも、スリリングな知恵合戦でもない、人間讃歌なんだよ、ていうことに対して、非常に美しいオトシマエである。

そしてラストシーンは雨の中走るアイリンたちの車。すべてが始まった、あのジョリーンが事故った時と同じ。でももう神父はいないし、あの事故は起こらない。エルメェスの姉も生きている。運命は変わっている。そして風景の中に浮かび上がる、この『勝利』のために散っていった勇者たちの顔。
ストーン・オーシャン 完
いや、これは号泣するしかないでしょ!!!!
くォンな超奥が深い思想対立の世界を、あれだけ感動的に、きちんと最後まで描き切った漫画、いや、文芸作品、世界的にもなかなかないですよ。少なくとも私はそう思ってます。
ジョジョはどの部も大好きだし、それぞれに強い魅力があります。とくに娯楽的な要素とかで言ったら、そりゃ他の部に投票する人の気持ちも十分わかりますし、他の部も、十分「深い」し、「哲学」があります。
でも、何度もいうけど、このシリーズに、他の「タダ面白い」漫画作品と一線を画すだけの、「教養の深さ」「器のデカさ」を与えたのは、第六部だと思うんです。
以上、思う存分語らせて頂きました。
読んでくれた方、トピ立ててくれたバレッタさん、ありがとうございました。
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以上です。
気付いた方もいるかもしれないけど、スキャナないので、画像全部、単行本片手で抑えて片手でカメラ持って、角度とかうまくいかなかったりして・・、ぶれちゃったりして・・、深夜に一人で・・、見開きのページはむずい・・四苦八苦しながら撮りました今年23歳女子。ていうか今午前5時な。寝る前にシャワーあびなきゃ・・。
エンポリオです・・・
エンポリオ
ぼくの名前は・・・
ぼくの名前はエンポリオです!!!
みなさん、おやすみなさい。